2005年 05月 26日 ( 6 )

夏学期(6週目:卒論のテーマ決定)

指導教官(クリス)に呼び出されるも、エッセイタイトルは無事通過。サインをもらう。次は500字のサマリーを月曜日までに作らなければならない。(本日無事500字を書き上げて、先生にメールした。十分文献を読めなかったから、自分の考えに即して書いたけど、大丈夫かなあ。まあ、明日、先生のご意見を拝聴することにしましょう。)

6月17日に帰りますとMSNで報告すると、台湾人のタイウェイが、早速飛び込んできた。「どうしてえ~。ちょっと、コーヒーでも飲みながら話しましょうよ。」というので、彼女の部屋のキッチンまで(実は下の階)。

「いやあ~、友達もうまくできないし、なんかつまないし、あとは卒論書くだけだし、彼女がさみしがってるみたいだし~」と説明すると、

「わかる、わかる。私も、この間のエッセイ書いたら、急にむなしくなって、気が付いたら2週間スイスにいたの。」だって。

この学校の閉塞感に、心がおかしくなっているのは、どうやら僕だけではないらしい。彼女とは、ピーターのクラスで一緒で、一度食事をごちそうになっただけの仲だが、こうやって、帰り間際でも友達になってくれるとうれしい。帰るまであと少ししかないけど、連絡取り合いましょう。日本に帰っても、台湾か日本で会いましょうと言う事になった。

彼女は、ルクセンブルグ人の彼氏がいるのだが、卒業したら、台湾からまた奨学金(今は大学の奨学金をもらっているらしい)をもらって、フランス語圏で、フランス語を学びながらEUについて勉強したいらしい。なんでも、大学時代の成績がすごくよかったので、奨学金をもらうのは簡単なのだそうだ。いいなあ。僕もパリでフランス語勉強したいなあ。5年前には、ケンブリッジに留学していたし、上海や日本にも留学していたことがある。この学校には、彼女みたいな、優秀な学生が多いけど、台湾のエリート層とお知り合いになれただけでも、よかったんだろうな。台湾に行ったら家に泊めてくれるらしいので、日本に帰ったら是非尋ねていきたい。
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by otschan | 2005-05-26 03:12 |

夏学期(5週目)

いよいよ卒論のタイトル決めに取り掛からなければいけない。資料を集めをしながら、An Analysis of the East Asian Community and the Role of Japan にした。サマリーを作って、先生にメールする。日本に帰ると、英語文献も手に入らなくなるおそれがあるから、多めに資料はコピーしないと。 図書館通いの無味乾燥な日々が続く。
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ひさしぶりにようさんが遊びに来て、楽しい時間を過ごした。来月には、帰るというとさみしくなりますと言ってくれた。彼女は、とてもがんばりやさんで、60とか70という高得点をとりまくっている。採点基準が違うとはいえ、たいした23歳だ。
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by otschan | 2005-05-26 03:04 | こもごも

夏学期(4週目)

17日に卒論のワークショップ。何人か知り合いに会い、6月に帰る意向を伝えるも、反応なし。なんだかなー。本当に早く帰りたくなったよ。
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息抜きをすることを、今までどうして思いつかなかったのか、よほど視野が狭くなってたのだろう。今週末はオランダの友達を呼び出して、ロンドン&イーストボールン(ブライトン近くのビーチ)に出かけた。ひさびさのロンドンはすごく活気に溢れて楽しかった。行く途中、香港人のトニーとJYA(1年プログラムの日本人大学生)の人達と一緒になる。トニーは日本の関西外語大学にいたことがあって、日本人の彼女もいたので、日本語がうまい。会話は全部日本語で通せる。ロンドンまでの直通がたまたまなかったのだが、彼はイギリスの中学から大学を卒業して、計12年もいるので、安心してついて行った。これが大失敗。5時間もかかってしまい、ミュージカル(レ・ミゼラブル)を途中から見るはめになってしまった。おまけに結構いい席のはずなのに、なぜか後ろの方の端っこに。夜は和食を食べて、高かったけど(一人50ポンドも食ってしまった)、レベルが高くてうまかったー。パリの和食よりもいいかも。イーストボールンは、オランダのスケベニンゲンを思い出させるほど、さみしい避暑地だった。一番うまい魚をくわせる店を教えろといったのに、結局、フィシュ&チップスでした。だめだねー。
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by otschan | 2005-05-26 02:56 |

夏学期(3週目)

しばらく、パリぼけが続いたけれど、なんとか、3本のエッセイの手直しをして12日に提出した。今回は、チューターとの相談なしに書いたけど、提出の3日前に、だめもとで、コンクルージョンだけコピーをして、各チューターにメールした。予想外に、次の日に、きちんとコメントを付けて返事が来た。エリオット(セオリー)のコメントは、相談に来るのが遅すぎるだの、単なる学説の寄せ集めだの辛辣なことが、相変わらず書いていて、具体的にどうしたらいいのか書いてなかったけれど、まあコメントをくれただけでよしとしよう。クリス(アジア太平洋)も、いいいけど日本についての記述がポジティブすぎると相変わらずだった。ピーター(アジア開発)だけは、具体的にスペルミスまで含めて詳細なコメントをくれたのは助かった。彼は、本業ではどうかわからないが、指導教官としては、非常に大好きな先生だ。

今回は、セオリーを抜かして、1週間で書き上げたし、セオリーも正直言ってうまくまとまらなかったんで、うまくパスできればいいけど。いずみさんの校正もなかったのが残念。まあ、いつまでも甘えてたらだめだしね。

ひさしぶりに、ティナちゃんと飲みに行った。6月に帰るというと、I will miss u と言ってくれた。こういうこと言ってくれるかがどうかが、本当の友達と言えるよなあ。帰る前に、できるだけ会おうと約束する。
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たえさんへのお返しに、カレーを作ってあげる。他にもいろいろ呼んで、総勢6人の食事会になった。みんな僕の知らないところで楽しんでいたのね。うまく会話に入れなくて、少し落ち込む。
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by otschan | 2005-05-26 01:53 | こもごも

夏学期(2週目:パリ)

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パリは、普通にいるだけで、本当にリラックスできるところだと思った。別にロンドンでもよかったんだろうけど、普通に社会とのコミュニケーションがとれる。ウォーリックは本当に街からも自然からも隔離されていて、そうした人間生活の普通の営みができない。一見、それは勉強するのに最もいい環境に思えるし、実際そう感じている人もいるのだろう。だけど、いろんな快楽を覚えてしまった僕には大変つらい環境で、不安定になってしまった。結果として、勉強にも集中できないし、8月頃にはあった高いモティベーションも失ってしまった。

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パリの彼女の友人は、おおむね日本や母国にいれない(いることが楽しくない)人達が多かったように思えた。パリはそんな人達に寛大で、夢を持って、自分勝手に生きることを許している(これは勝手なその人達の思い込みの面も多いにあるのだが)というのが、彼らの主張のように感じた。僕も、日本ではそっちの系統に属するのかもしれないが、天邪鬼な僕は、彼らにそういうことを言われてしまうと、将来のプランだとか、お金の問題だとか、子供の問題だとか、年老いた親の問題とかを挙げずにはいられなかった。夢をもって、自分勝手に生きるのは、一見正しく、これはヨーロッパの啓蒙主義の一種である、「人間の開放」にも通じる面があるのだけれども、自分自身で実践していくのはいろいろと難しいなあと感じた。年齢のこともあるし、そもそも、どこでも生きていける実力や才能がないとやってはいけない。オランダ時代に彼らに会ったことや彼女との出会いが引き金になって、えいやと仕事を辞めて、英国で国際関係を学びに来たのはいいけど、予想外にいろんな壁にぶつかってしまって、結果的にはうまくいかなった。これはとても残念なことだけど、そうした決断をしたことについては後悔はしていない。きっと、どこかで役に立つこともあるのだろう。そう信じなければやっていけない。

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彼女と将来の話も出来て、パリ滞在は非常に有意義だったと思う。
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by otschan | 2005-05-26 00:57 |

夏学期開始(1週目:パリ)

夏学期が始まったが、エッセイ(セオリー)の方はなかなかうまくまとまらない。とりあえず、かき集めた資料で5000字を埋めたが、できは相当悪い。
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4月22日から5月5日までは、パリに滞在した。彼女の友人がパリに多いこともあって、格安で泊まれた。彼女もうまくパリで仕事が見つかったようで(カトリーヌのテ○ジーン!です)、昼はお互いに仕事と勉強で夜は彼女の友人に会ったり、食事をしたりした。オランダ時代とは違って、星付きのレストランなんかにはいかなかったけど、やはりフレンチはおいしかった。
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by otschan | 2005-05-26 00:43 |