2005年 03月 07日 ( 1 )

9週目:再びエッセイについて

まだまだ風も強く寒い日が続くか、晴れの日もちらほらでてきた。この学校の先輩が言っていたが、緯度が高いイギリスでは、光の入り方が違うのか、晴れの日は多少寒くても本当に気持ちがいい。今日は、ひさしぶりにテスコまで買い物に行った(歩いて15分程)。
今週前半は薬の量を半分に減らしたため、不眠症が一時再発して困ったが、今はとりすぎるほどの睡眠を満喫している。なんとなく、罪の意識を感じてしまうが、あまり深刻に捉えずに自然体でいきたい。

今週のイベントは、月曜日のタイ・ナイト。これは例の津波災害のチャリティも兼ねてのイベントだった。なかなか司会もうまく、タイの料理や、タイの伝統的な踊りあり、ムエタイのショーあり、カラオケ大会ありのイベントは9ポンドと少し高かったが、大変楽しめた。アンダーグラジュエートで来ている連中は本当に英語もうまく、なかなかレベルの高い人が来てるんだなあと思ってしまった。

授業の方は、水曜日に最後のプレゼンもまあまあうまく行き、いよいよエッセイに向けてエンジンをかけ始めなければいけなくなってきた。今週は、そのエッセイの文献集めをとりあえずひととおり終えた。リーディングもそれなりにしているが、理論的なところには、読解力が追いつかず、苦戦している。

さて、そのエッセイだが、セリーナに彼女の答案を見せてもらった。最初の感想は思ったよりよく書けていたというものだ。彼女の答案の良いところは、いろんな文献の引用がうまく入っていて、なんとなく普通のエッセイらしい形に仕上がっていたことだ。まあ、予想通り、マルキシズムについて、褒めちぎるというエッセイになっており、これが好印象を与えたことは間違いない。しかしながら、よく難解な理論を理解してきれいなエッセイに仕上げたものだ。普段はサボってるけど、本気を出せばこんなエッセイが書けるというのは、たいしたものだと思った。けれでも、この学校の評価方法にも不満を覚えたのも事実だ。はっきり言って彼女の論文は頭を使って書いてはいない。いろんな学者がマルキシズムについて、評価していることろ寄せ集めたに過ぎない。通常イギリス式の論文には、アーギュメントと言って、反対意見とそれに対する再反論を展開させるというのがパターンになっているのだが、彼女の場合、反対意見はマルキシズムについて致命的なところを突いてないし、それに対するマルキシズム側の反論もでもこういういいところもあるから程度で、議論にはなっていないのだ。結論にいたっては、旧来の国際関係論と違った観点を持ち込んだという程度で、なんだそりゃと思わずにはいられない。この程度の論文が評価を受けるというのは、明らかに僕の戦略ミスであった。これにはいろいろ、理由があって、実はプレセショナルの時に、君のエッセイはオリジナリティがあってよろしいといわれてのに気をよくして、その路線で書いてしまったことだ。学者の論文に引きずられずに事実をその証拠として用いれば、よりオリジナリティは出やすい。その時、僕はセリーナのエッセイについて、自分のメッセージがないとか、これでは、単なる知識の寄せ集めだと言っていたのだが、僕の方が勘違いしていたようだ。おそらく、エッセイに頭を使う必要はない(65以上を目指すのであればまた違うのだろうが)のだろう。要は関係のある箇所をうまく引用して、議論らしく展開をして、やや左よりに仕上げれば60はとれるのだと思う。しかしながら、これは言うは易しである。リーディング能力にいまひとつ欠ける僕は、学者連中の論文に非常にてこずっている。実際世界とかけ離れたところで、みんなコスモポリタンにならないといけないとか言っている奴は、具体策を提示してみろとつい反発してしまうのだ。次回は、これを教訓に左路線で書いてみたいと思うが、これで点数が上がったら大笑いだなあ。でも、本当に後がないので、がんばらないといけない。集中力、集中力。
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by otschan | 2005-03-07 00:16 | こもごも